「物損事故にしてほしい」と頼まれたときどうすればいい? 弁護士が解説します

交通事故の基礎知識

こんにちは、大阪府枚方市にある「くずは凛誠法律事務所」です。

交通事故に遭ったときはまず警察に連絡し、交通事故の届出をしなければなりません。
届出には2つあり、怪我をしていれば「人身事故」、怪我をしておらず車などの物が壊れただけであれば「物損事故」(物件事故ともいいます。)として届け出ます。

警察への届出をめぐっては、被害者が怪我をしているのに加害者や加害者の任意保険会社から「人身事故にせず、物損事故で届出をしてほしい。」と頼まれることがあります。

「不利益がないなら物損事故で届け出てもいいか。」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、怪我をしているのに人身事故として届け出ないで本当に大丈夫なのでしょうか。弁護士が解説します。

この記事のポイント

  • 人身事故は人が死傷した交通事故のことであり、警察に届け出るには診断書が必要になる。
  • 物損事故にすることで、加害者側には刑事処分行政処分を避けられる大きなメリットがある。
  • 怪我をしているのに物損事故で届け出ることについて、被害者にはメリットが小さい一方でデメリットとなり得る問題点がある
  • 怪我をしているなら人身事故で届け出たほうがよい。当初は物損事故にしていても、交通事故から1週間程度以内であれば人身事故に切り替えられる

人身事故と物損事故の違い

まずは、「人身事故」と「物損事故」の違いを確認しておきましょう。

人身事故

人身事故とは、人が死傷した交通事故のことです。

人身事故に遭った場合、警察に連絡し人身事故があった旨を届け出ます。
その際、怪我の内容や治療に要する期間等を記載した医師の診断書の提出が必要です。事前に医師の診察を受け、お願いして書いてもらいましょう。

警察は人身事故の届出がされると捜査を行います。人身事故の場合は過失運転致死傷罪等の犯罪に当たる可能性があるからです。
警察が捜査することで、詳細な事故状況について写真や図面で記録した「実況見分調書」などの捜査資料が作成されることになります。

事故直後は自覚症状があまりなくとりあえず物損事故として届け出たものの、数時間後や翌日になって痛みが出てきたケースは珍しくありません。
このような場合、警察署や担当者によって異なる可能性はありますが、交通事故の発生から1週間程度以内であれば物損事故から人身事故に変更することが可能です。
状況が変わったときは警察に連絡することを忘れないようにしましょう。

物損事故

一方、物損事故とは、人が死傷せず車などの物が壊れただけの交通事故のことをいいます。
物損事故の場合も警察に届け出る必要はありますが、怪我をしていない場合の届出なので診断書は必要ありません。

物損事故の場合、人身事故と違って警察は捜査をしません。物損事故では基本的に刑事罰が科されることがないからです。

物を壊した場合に当たり得る犯罪は「器物損壊罪」ですが、器物損壊罪が適用されるのは「故意」、つまりわざと交通事故を起こした場合だけで、過失の場合は器物損壊罪の適用がなく処罰されることはありません。

警察の捜査は犯罪の疑いがあるときのみ行われるものですから、物損事故の届出がされているときは捜査は行われないことになります。
そのため、捜査資料の一つである実況見分調書も作成されません。警察は、事故の届出を受けたことや事故概要について簡単に記録した「物件事故報告書」を作成するだけになります。

加害者側はなぜ「物損事故」にしてほしい?

この記事の冒頭でも述べたとおり、加害者側から「人身事故にせず、物損事故として届出してほしい。」と頼まれることがあります。

加害者側はなぜ「物損事故」にしてほしいのか、その理由をご説明します。

物損事故にすることで得られる加害者側のメリット

人身事故の場合、加害者は刑事処分(罰金刑や禁固刑など)及び行政処分(運転免許の違反点数付加)を受ける可能性があります。

一方で、物損事故の場合には刑事処分を受けることはありませんし、交通違反がない場合は行政処分(運転免許の違反点数付加)を受けない可能性もありますので、物損事故にすることは加害者にとって非常に大きなメリットとなります。

特に、加害者が職業運転手(タクシーやバス、トラック運転手など)である場合には仕事にも影響する可能性があるため、一般のドライバーと比べて物損事故にしてほしいと頼んでくる可能性が高いと思われます。

加害者側の説明を鵜呑みにするのは危険

ところで、加害者側が物損事故にしてほしいと頼んできたとき、「物損事故でも治療費は支払うので安心してほしい。」、「物損事故にしてくれたら被害者の過失はゼロにする。」などと説明されることもあるでしょう。

しかし、加害者側の説明はあくまで示談交渉上の話に過ぎません
仮に休業損害や慰謝料などで対立が大きくなれば反故にされるおそれもありますし、訴訟等に発展した場合には加害者側は「示談交渉で解決できることを前提とした譲歩の提案に過ぎず、訴訟になった以上は客観的事情に基づいて判断されるべきである。」などと主張します。

裁判所も、示談交渉上の話がどのようなものであったとしても原則として被害者に有利に判断してくれることはありませんので、加害者側の説明を鵜呑みにするのは危険です。

怪我をしているのに物損事故で届け出る問題点

交通事故で怪我をしたとき、物損事故の届出のままでも保険会社から治療費の支払いを受けることは可能です。ただし、「人身事故証明書入手不能理由書」という書類を用意する必要はあります。

しかし、本当は人身事故なのに物損事故として届け出ることには次のような問題点があります。
被害者が不利益を受けることもありますので、ぜひ確認しておきましょう。

交通事故で怪我をした証明が難しくなる可能性がある

いわゆるむち打ちを含む打撲や捻挫等の軽傷のケースでは、示談交渉が上手くいかず訴訟等になったときに加害者側が「被害者は怪我をしていない。仮にしているとしても1週間程度で完治する極めて軽微な怪我だ。」などと主張してくることがあります。

加害者側からこのような主張をされたときは、被害者側は反論し、怪我をしたことを証明しなければなりませんが、物損事故として届け出ていると証明が難しくなるおそれがあります

物損事故として届け出ることは、警察に対して「怪我をしていない」と届け出ることと変わりません。そうすると、警察への届出という事実から見た場合、被害者側は後になって言い分を変えたことになりますから、被害者側は嘘をついていると判断されてしまうおそれが高くなります。
裁判所に怪我の有無や程度を不利に判断されてしまった場合、治療費や慰謝料などの認定額はゼロか極めて低額になる可能性もあります。

もちろん、裁判所も人身事故の届出の有無のみで短絡的に判断するわけではないので、診断書などの追加資料を用意して不利益を回避できる余地はあります。
しかし、人身事故として届け出れば少なくとも届出を理由にして嘘をついていると判断されるリスクはなくなります。怪我をしているのに物損事故として届け出ることは無用なリスクを負っているといえるのです。

手続に手間がかかるようになる

交通事故があった場合、警察に届け出ることで「交通事故証明書」が作成されます。
交通事故証明書は、交通事故の日時や場所、当事者の情報などが記載された公文書であり、人身事故なのか物損事故なのかの種別も記載されています。

交通事故証明書は、交通事故があったことを証明するための重要な書類です。
加害者の保険会社に賠償金(保険金)を請求するときにはもちろん、例えば被害者が加入している保険から保険金が支払われるときなどにも手続で必要になります。

しかし、物損事故として届け出ていると、物損事故の交通事故証明書しか手に入りません
人身事故の交通事故証明書があれば怪我をしたことが分かりますが、物損事故の交通事故証明書だとそれだけでは怪我をしたかどうかが分からなくなってしまいます。

そのため、人身事故として届け出ていれば交通事故証明書だけで問題ない手続が、物損事故として届け出ているときは「人身事故証明書入手不能理由書」を作成しなければならなくなったり、交通事故で怪我をしたことを明らかにするために診断書などの追加資料を提出しなければならなくなったりするなど、手続に余計な手間がかかるようになってしまいます

過失割合を決める際に不利になるおそれがある

過失割合は、客観的状況や交通事故時の運転状況などから決まります。
過失割合を有利にするためには交通事故の状況が分かるさまざまな資料が必要ですが、その中でも特に大事な資料の一つが「実況見分調書です。

実況見分調書は警察が作成する捜査資料の一つであり、写真や図面で交通事故の状況を明らかにするものです。警察が捜査のために作成する資料ですから、高い信用性を有しています。

しかし、物損事故として届け出ている場合、前述のとおり警察は捜査をしませんから実況見分調書も作成されません。代わりに「物件事故報告書」という書類は作られますが、詳細な情報は記載されないため過失割合を争うには不十分なものになっています。

つまり、物損事故として届け出た場合、過失割合に関する重要な資料である実況見分調書が得られなくなり、過失割合を決めるときに不利になるおそれがあるのです。

なお、過失割合の争い方や実況見分調書を含む証拠については次の記事で詳しく解説しています。

加害者の任意保険会社は、「物損事故で届け出てくれれば過失割合を被害者に有利に考える」といった話をしてくることがありますが、安易に信用することは考え物です。
 
既にご説明したとおり、このような話は後で反故にされてしまうおそれもありますし、訴訟等になればほぼ間違いなく無意味なものになります
また、保険会社は自身の支出(示談金額)を少しでも小さくしようと対応しますから、過失割合を有利に考えた一方で慰謝料等を不当に低く提示するなどし、結局は被害者にとってプラスにならない対応をしてくることもあります。
 
物損事故として届け出ると実況見分調書が得られなくなり、過失割合を争う場合にむしろ不利になるおそれがあります。
過失割合を有利にしたいがために物損事故として届け出るのは避けたほうがよいでしょう

加害者が適切な処分を受けなくなる

上記でご説明したとおり、物損事故として届け出た場合、加害者は刑事処分を受けることはありません。交通違反がない場合は運転免許の違反点数も受けない可能性もあります。

つまり、加害者が適切な処分を受けなくなってしまいます

このことは被害者が受け取る慰謝料等の賠償金に影響するポイントではなく直接的な不利益にはなりませんが、加害者には適切に罰を受けてほしいと思われる方も少なくはありません
物損事故のままとするのは意に反した結果を招く可能性がありますので、物損事故の届出を行うときは自身の意に反しないかどうかをしっかり考えるようにしましょう。

【結論】怪我をしているなら人身事故の届出をしたほうがよい

結論として、怪我をしている場合には物損事故として届け出るのではなく、人身事故の届出をしたほうがよいでしょう

被害者には物損事故で届け出るメリットは小さい場合が多いですし、人身事故に切り替えるのは決して難しくないからです。

被害者には物損事故で届け出るメリットは小さい

これまでご説明したとおり、加害者には物損事故で届け出ることに大きなメリットがありますが、被害者側にはデメリットとなり得る問題点があります。

一応、被害者側にもメリットがあるケースも考えられなくはありません。被害者側にも一定の過失があり、加害者も負傷している場合で、被害者も行政処分(運転免許の違反点数付加)及び刑事処分を受ける可能性があるケースです。

このようなケースでは、加害者と協議して双方とも物損事故として届け出ることでメリットが得られることもあります。
しかし、被害者側の過失は加害者よりも小さいことが多いので、前科があったり執行猶予中であるなどの特殊なケースでない限り、実際には刑事処分が科される可能性はほとんどありません。実際的なメリットは行政処分(運転免許の違反点数付加)が避けられることに限られるケースが大半です。

最終的には被害者の状況とデメリットとなり得る問題点を比較することにはなりますが、一般的にはこれまでご説明した問題点があってもなお物損事故で届け出るメリットは小さい場合が多いでしょう。

人身事故の届出は難しくない!

既に物損事故として届け出ている場合でも、人身事故の届出に変更することは決して難しくありません医師の診断書を提出して切り替えを依頼するだけです。
事前に警察に電話して事情を説明しておけば、警察署に訪問すべき時間も調整できますし、持ち物も教えてもらえるなどスムーズに手続きできます。

ただし、交通事故が起きてからある程度の期間が経過してしまっていると、交通事故現場の痕跡が失われているなどして捜査ができなくなっており警察が受け付けてくれない可能性もあります。警察署や担当者によっても異なりますが、概ね1週間程度以内に切り替えの手続きをするようにしましょう

医師の診断書については特に決まった形式があるわけではありません。警察に提出するために診断書が必要であることを医師に説明して、下記のような事項を記載してもらえばよいでしょう。

診断書に記載してもらう事項
  • 事故日(怪我をした日)
  • 初診日
  • 怪我の部位・内容や診断名
  • 治療期間の見込み
  • 交通事故によって受けた怪我であること(因果関係)

まとめ

この記事では、人身事故と物損事故の違いや人身事故とせず物損事故として届け出ることの問題点をご説明しました。

加害者や加害者側の任意保険会社からはさまざまなことを言われるものですが、よく考えずに流されて対応しているといつの間にか不利益を受けることにもなりかねません

交通事故で悩んだときは自分だけで対応せず、弁護士に相談・依頼することをおすすめします。

くずは凛誠法律事務所では、交通事故のご相談を随時お受けしております。初回相談料は無料(又は弁護士費用特約により自己負担なし)で対応しておりますので、お気軽にご相談ください。

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